ブックタイトル未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

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概要

未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

たら持って行けば」と言ってくれる人がいて。「勘定は?」と聞くと「あるとき払いでいいよ」って、復興期はみんな人情がありました。いまだにあの時の気持ちは忘れません。──今回は、本当に貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました。戦争の話は、これまであまり人にはしゃべってきませんでした。やはり実際に体験していない人には、本当のところは伝わらないと思っていたからです。しかしもう、靖国神社に行ってもみんな死んじゃって。私も耳は遠いけれど、いい塩あんばい梅にまだ頭ははっきりしているから、今のうちに話せることは話しておこうと思いました。──私たちには、想像もできないことばかりでした。それでいいんです。今は平和なんだから、それを喜ぶべきです。私も日々、これまで生きてこられたことに感謝しています。皆さんもぜひ、平和な時代に感謝して生きていってください。いたので、うろおぼえで訪ねて行ったんです。しかし見つからずに駅前でうろうろしていたら、交番のお巡りさんが話を聞いてくれてね。「夜は危ないから、交番に泊まっていけ」と誘ってくれ、飯はん盒ごうでご飯を炊いて、食べさせてもらいました。──良かったですね。復ふくいんへい員兵と知ると、皆さん親切にしてくれたのです。その後、何とか親の家を探して訪ねて行ったのですが、いちばん驚いたのは、私が出征中に末の妹が生まれていたことでした(笑)。──戦争が終わって、初めてお兄さんに会ったわけですね。「こんな人いたかなあ」って、不思議そうな顔して見ていたのを覚えていますよ。人情が身に染みた戦後の復興期──帰国後すぐに、ご家族と印刷業を再開したのですか。杉並の家を売ったお金を持って神田に戻り、まずは父親と一緒に昔のお得意さんの所へあいさつにまわりました。すると「ご苦労さん、よく帰ってきたな」「また仕事があったら頼むよ」と皆さん喜んでくれました。──機械などは、どうしたのですか。もとの商売仲間の方にほうぼう声をかけると、「焼け残った機械があるから、いるんだっ写真左から、伊藤さん、永井さん、安田さん、長嶋さん復員軍の戦時編成を平時体制に戻し、召集された兵の軍務を解くこと。あるいは軍務を解かれて兵士が帰郷すること。終戦時、陸海軍の兵力は約800万人。千島、樺太や内戦のあった中国本土からを除いて昭和23年までにほとんどが復員した。146未来へつなぐバトン千代田区戦争体験記録集