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更新日:2014年11月11日

町名由来板:内神田一丁目(うちかんだいっちょうめ)

地図

  • 設置年月日:平成16年9月15日
  • 所在地:内神田一丁目1番

町名由来板

江戸時代、神田橋のたもとのこの界隈(かいわい)には、荷揚げ(にあげ)場がありました。徳川家康は、江戸に入るとすぐに江戸城の築城と町づくりを始め、城を囲む御堀(現・日本橋川)はそのための建築資材などを運ぶ水路として活用しました。古い地図を見ると、神田橋付近に「かしふねあり」と記され、ここが水運の拠点だったことがわかります。
神田橋は江戸城外郭門のひとつで、上野寛永寺(かんえいじ)や日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)への御成道(おなりみち)(将軍の参詣経路)となっていました。このような要所であったため、ここには明治のころまで建造物は何もありませんでした。明治初期の地図には交番と電話があるだけです。
明治五年(1872年)、いったん美土代町(みとしろちょう)となりますが、空き地の状態は第二次世界大戦後まで続きました。そして昭和四十一年(1966年)、内神田一丁目(うちかんだいっちょうめ)に編入されました。
昭和五十八年(1983年)、神田橋土木詰所の敷地となっていたこの場所に、内神田住宅が完成すると九十世帯が住むようになり、平成五年(1993年)、千代田区のもっとも新しい町会として、内神田住宅町会が誕生しました。さらに平成十六年(2004年)、町会名は神田橋町会と変わりました。

お問い合わせ

地域振興部コミュニティ総務課コミュニティ係

〒102-8688 東京都千代田区九段南1-2-1

電話番号:03-5211-4180

ファクス:03-3264-7989

メールアドレス:komisoumu@city.chiyoda.lg.jp

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