ブックタイトル未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

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概要

未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

と言って、別れの盃さかずきを交わします。特攻機が飛び立つときは、司令から全員が1列になって見送ります。最初は緊張していますが、実際にエンジンがかかって出るときは、「じゃあ、行くからな。あとを頼むよ」と、みんな笑顔で手を振って飛び立っていきました。とにかく、特攻機に乗ったら生きて帰るということは考えていません。そういうふうに教育されていますから。死ぬことを全然怖いと思わない。それがいくつだと思いますか。みんな19歳から20歳ですよ。──特攻機に乗るときは、命令されるのでしょうか。それとも自分から希望するのでしょうか。中には希望する人もいますが、ほとんどは1週間から10日前に班単位で指定されます。例えば私が班長だったら「小野寺班、○月○日出撃」というふうに言われます。そのかわり、1週間は自由です。「悔くいのない生活をしろ」と言われ、無ぶ礼れいこう講で好きなことができます。──特攻隊は、どのあたりに攻めていったのでしょうか。終戦間ま際ぎわはほとんど沖縄です。軍艦なんてとても無理ですから、物資を運んでいる輸送船を狙います。中には「指揮艦を狙え」などと指定されます。だいたい指揮艦を狙うのは班長でした。──小野寺さんも、実際に飛行機で出撃されたのですか。私は2回ほど沖縄で空中戦を経験しました。零式艦上戦闘機52型(海上自衛隊鹿屋航空基地史料館提供)128未来へつなぐバトン千代田区戦争体験記録集