ブックタイトル未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

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概要

未来へつなぐバトン 千代田区戦争体験記録集

トの塀さえ残っていないし、焼け残った木材もみんな焚きつけにされてしまうんでしょう。本当に何1つ残っていない様子を見たときは、涙が出ましたよ。近くにいた人に聞いても、「おやじさんはたまに帰ってくるけれど、今どこに住んでいるかは分からない」と言われて、途方にくれてしまいました。──永井さんが生きていることは、ご家族に伝わってなかったのでしょうか。戦争中は軍事郵便で消息を知らせていましたが、終戦後は収容所から連絡する方法がなかった。終戦前にプノンペンで知り合いの寺の息子と偶然に会い、「お互いに無事で帰ったら知らせ合おう」と約束していたのですよ。その男は私よりもずいぶん前に帰国していたのですが、戻って来られた嬉しさから、その約束をすっかり忘れていたらしくてね。彼がちゃんと伝えてくれたら、家族ももっと早くに安心できたのでしょうに。あまりに頭に来たもんだから、帰国後に会いに来たときも「顔を見せるな」と追い返してやりましたよ。──ご家族も、心配なさっていたでしょうね。後から聞いたところでは、「戦死の知らせもないから生きているのかな」とは思っていたようですが。──ご家族の消息は分かったのですか。杉並の阿佐ヶ谷あたりに親しんせき戚がいると聞いてた。──出港した時は、嬉うれしかったでしょうね。乗ったはいいけれど、本当に日本に帰れるのかどうか不安でしたよ。台湾が見えてきて、やっとほっとしたのを覚えています。大阪港から汽車に乗って名古屋に着くまでは、駅に停まるたびにおにぎりをもらったのが嬉しかったね。──久しぶりの日本のお米だったでしょう。他には、どんなことを覚えていますか?日本の女性も久しぶりに見たから、きれいだなあと思いましたね(笑)。ビルマの女性もきれいだけど色が黒いから、日本の人は肌が白くてきれいだなあと。病院で検査を受けたとき、白衣の看護師さんに「きれいですね。ちょっと触っていいですか」って頼んで腕のところを触らせてもらった。戦地からやっと帰ってきた兵隊でしたから、大目にみてくれたんでしょう。日本は敗戦国だからみんなガリガリに痩やせていると思ったけれど、「意外と太ってますね」と言ったら、いやな顔をされたけど(笑)。焼け野原に1本残っていた銀杏の木──ご実家のあたりは、どんな様子でしたか。秋葉原の駅に着いたら、きれいさっぱり焼けて何もない。この辺りは木造家屋が多かったですから。私の家の辺りは、今もある銀いちょう杏の木がたった1本残っているだけでした。コンクリー神田神社では、戦争中に神田区民が出征する時には、武運長久を祈念して決起集会を開いていた145未来へつなぐバトン千代田区戦争体験記録集第2部体験記軍隊