• 文字の大きさ・色を変えるには
  • 音声読み上げ
  • English
  • 中文
  • 한글
  • 千代田区コールセンター
  • 電話 03-3264-3910 年中無休 朝8時から夜9時まで

ホーム > まちづくり・環境 > 土地 > 住所と住居表示 > 住居表示と町名の情報 神田と麹町

ここから本文です。

更新日:2014年11月7日

住居表示と町名の情報 神田と麹町

神田

神田明神、神田ばやし、神田っ子と、神田といえば江戸のシンボルです。江戸っ子の飲料水を井之頭から運んできたのも神田上水です。
地名として神田が登場する古いものでは、400年以上前の小田原北条氏文書の「神田内新堀方」「神田之坂之上」「神田之台」などがあり、今の大手町のあたりまで神田だったようです。
この付近に平将門の子孫神田氏が住んでいたといわれ、鎌倉時代の「我妻鏡」に神田三郎という名で江戸入道とともに出てきます。
本来、神田とは、神宮へ供進する稲をつくる田という意味で、みた(御田、三田)、みたしろ、みとしろ(神田美土代町)なども同義語とされます。
徳川幕府になって、神田台(今の駿河台)の一部を崩し、沼沢地だった小川町一帯を埋め宅地としました。
明治11年に神田区が誕生し、昭和22年に麹町区と合併して千代田区となりました。今も旧神田区だった町名に神田が冠されているところが多いのも、神田の名に愛着があるからといえます。

麹町

「商の道かせぐらん麹町」と古い俳諧に読まれた麹町は、徳川家康の江戸開府当初からの商(あきない)の町でした。現在は半蔵門から四谷までの新宿通りに沿って一丁目~六丁目があります。
麹町(こうじまち)の語源は、武蔵の国府である府中へ行く国府路、あるいは国府方という地名から、小路が多いから、さらには麹屋があったからともいいますが、将軍家光の頃(正保年間)には「麹町」という書き方が定着しました。
当時は一丁目から十三丁目まであり、周辺の武家屋敷を相手にした商家が軒をつらね、十一丁目からは四谷門外にありました。
明治11年に麹町区が誕生し、江戸初期以来の名主矢部氏の子孫・矢部常行氏が初代区長に就任しました。2年後に十一丁目~十三丁目は四谷区に編入され、昭和18年に四谷一丁目、二丁目と改称するまで、四谷区にも麹町がありました。
麹町区に残った一丁目~十丁目は、昭和9年に現在の一丁目~六丁目に集約されました。
区としての麹町は、皇居を中心に丸の内、大手町、霞ヶ関から九段などを含み、昭和22年に神田区と合併して千代田区となり、日本の中枢地域を形成しています。

「麹町」の表記について

「麹町」の漢字表記については、ホームページを閲覧される多くの方にとって画面表示が可能となるように、住居表示上の正字を用いず、略字により表示しています。詳しくは、ウェブアクセシビリティへの取り組みのページをご覧ください。

お問い合わせ

地域振興部コミュニティ総務課コミュニティ係

〒102-8688 東京都千代田区九段南1-2-1

電話番号:03-5211-4180

ファクス:03-3264-7989

メールアドレス:komisoumu@city.chiyoda.lg.jp

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?