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更新日:2026年2月26日

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まちの記憶保存プレートガイド:原胤昭、出獄人保護事業を始める

写真:まちの記憶保存プレートガイド(原胤昭、出獄人保護事業を始める)

原胤昭、出獄人保護事業を始める

設置場所:神田神保町二丁目7番地先 区道植栽帯内

元南町奉行所の与力の原 胤昭は、1897年この地に「東京出獄人保護所」を開設し、出獄人保護の社会事業に尽力。同所は、1903年現在の神田須田町に移転した。

原胤昭(はらたねあき・1853~1942)、明治・大正期の社会事業家。南町奉行所与力・佐久間長興の三男として生まれる。幕末期には、養子先である母方の原家(南町奉行所与力)の家督を継ぎ、同奉行所与力として石川人足寄場の見廻りの任に当たった。明治維新後は、市政裁判所(東京府の前身)・東京府員として勤務するも役員減少のために免職となり、1874年の受洗後に銀座三丁目へ日本初のキリスト教書出版社・十字屋を創業した。その後は日本独立長老教会(後の日本基督教団巣鴨教会)や女学校(現在の「女子学院」の前身校の一つ)の創立、キリスト教教誨師(反政府活動家として収監<禁錮3カ月>された石川島監獄署での体験が契機)として出獄人の保護事業に携わるなど、生涯を通して多岐にわたる活動を行った。
(引用:中央区ホームページ「原胤昭関係文書(はらたねあきかんけいもんじょ)」(外部サイトへリンク)より)

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