トップページ > 暮らし・手続き > 地域活動・コミュニティ > まちの記憶保存プレート > まちの記憶保存プレートガイド:活字を用いた近代印刷普及の起点
更新日:2026年2月26日
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設置場所:神田和泉町1番地 和泉小学校
鋳造活字製造の事業化を果たした平野富二は、津藩主藤堂和泉守屋敷の門長屋を再活用した活版製造・販売所を開設し、これを機に全国的な規模で活版印刷が普及した。
活版印刷は、明治時代の初頭から日本の社会に急速に浸透し、新聞、雑誌、書物の分野で存分に力を発揮していき、1870年に早くも発刊された「横浜毎日新聞」、それに続いた「東京日日新聞」は、その嚆矢となった。日々のトピックスを報じる絵入りの錦絵新聞が発行されたほか、明治維新から10年の間に、活字印刷でつくられた本は実に3,600点にも達した。本木昌造門下の平野富二は、活字類の鋳造、印刷機械類の制作販売を開始。平野富二と、その後に独立した平野門下の金津平四郎、中島幾三郎および海軍工廠出身の中村金太郎各氏等が我が国の印刷産業機械製作の創始者となっている。
(引用:ぷりんとぴあ(一般社団法人日本印刷産業連合会)ホームページ「印刷の歴史」より、「8.明治時代の初頭には新聞、雑誌、書物が続々と発刊、日本の近代化と文明開化の流れを、印刷が一段と促した!」(外部サイトへリンク)、「10.日本の印刷機械産業の源泉 明治時代に始まった!」(外部サイトへリンク))
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