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更新日:2014年11月11日

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町名由来板:平河町一丁目(ひらかわちょういっちょうめ)

地図

  • 設置年月日:平成17年2月1日
  • 所在地:平河町一丁目2番

町名由来板

平河(ひらかわ)(平川)は、古代以来の中心的集落として平川の下流(現在の一ツ橋(ひとつばし)・大手町付近)にあった地名で、平川村と呼ばれていました。平川村は、明暦(めいれき)三年(1657年)の大火で現在の場所に移され、平河町と改名、一丁目から三丁目ができたといわれています。
平河天神は、文明(ぶんめい)十年(1478年)、太田道灌(おおたどうかん)による創建当初、江戸城内梅林坂(ばいりんざか)付近にありました。徳川家康による江戸城整備が始まると平川御門外に移され、慶長(けいちょう)十二年(1607年)、現在の場所に遷座(せんざ)されました。
天神社の境内には、上野寛永寺(かんえいじ)の末寺である龍眼寺(りゅうげんじ)が別当寺(べっとうじ)として置かれていました。広大な境内では縁日のほか芝居や相撲(すもう)興行などもおこなわれ、周辺も店屋や町屋が並ぶなど、たいへん賑(にぎ)やかな町になりました。
明治二年(1869年)、麹町龍眼寺門前(こうじまちりゅうげんじもんぜん)が元平河町(もとひらかわちょう)と町名を改めました。麹町平河町(こうじまちひらかわちょう)一丁目~三丁目は、ほぼ江戸時代の町割のままで、明治四十四年(1911年)に麹町の冠称がはずれ、平河町に変わりました。そして、昭和九年(1934年)、元平河町と平河町一丁目~三丁目が合併し、現在の平河町一丁目が誕生しました。このとき平河町四丁目~六丁目も平河町二丁目となりました。
天神社は第二次世界大戦で焼失してしまいましたが、いまは平河天満宮として立派に再建され、参拝者で賑わっています。

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